トップページ > 過去ログ > 記事閲覧
生きるということ
日時: 2007/11/30 18:37
名前: ララ

私は中学1年です。
別にイジメを受けたり、嫌なことがあって
自殺を考えている人達に比べればこんなことぐらいで相談する自分が弱くて嫌になるのですが…

私は毎日普通に、いや、凄く幸せに生きている人間だと思います。
何やっても不自由なことなんかないし、学校生活も凄く楽しい。
…なのに、最近何をやっても全てのことが無意味なことに思えてしまって
やる気が全く出ません。何が原因かわかりませんがいきなり落ち込んで無気力になってしまいます。

私は6年生のときに凄い学級崩壊があってそれが影響で何もかも物事を激しくマイナス思考に
考えるようになってしまいました。

それが今でも続いていてちょっとしたショックで始まったことでもマイナスに考えて悪循環し、
最終的には
自分は何故この世に存在しているのか?
自分は何のために生きているのか?
自分みたいな人間が生きていて一体何になるのか?
そもそも、自分みたいな役立たずな人間は死んだほうがマシなんじゃないか?
みたいなことを考えてしまいます。

人が人生を歩んでいること事態、無意味なことに思えたり「生きる」ということがどういうことなのか分からなくなってきています。

自分にはまともな生き甲斐や趣味はありません。
だから、余計に生きることに意味を感じなくなってしまいます。

生きることってどういうことなんですか?
教えてください…お願いします。

Page: 1 |

Re: 生きるということ ( No.1 )
日時: 2007/11/30 19:08
名前: PANKU

初めまして!

私も同じ事を考えるときがあります。
最終的に「地球ってなんのためにあるの?俺は地球に生まれて生きてるけど、人間事態地球で生きる意味があるの?」と考えるところまで行きました。(まだまだ考えるかもしれませんが)
どうしてなのでしょうね・・・理由が分からないくせに私自身、「死にたい」とは思わないんですよね
「死にたい」と思っても怖くてできませんが

1つ言えるのは、私もあなたも10年ちょいしか生きていないと言う事です。
ララさんはどうか分かりませんが、私はこの世にあるずべての快楽、快感を知りません。
もしかしたら、神に殺さないでと頼みたいほどの快感があるのかもしれません。
そう考えたら、ちょっと生きる意味があるような気がしませんか?(まぁ私の場合ですが)
それと同等に、殺して欲しいと頼みたいほど苦しい事もあるのかもしれませんが・・・。

ララさんはどう思います?私の考え!
ご意見いただけるとありがたいです
Re: 生きるということ ( No.2 )
日時: 2007/12/02 10:01
名前: ララ

PANKUさん、ご意見ありがとうございます!
確かに、人は自分の知らない喜びや快楽を探すために生きているのかもしれません。
PANKUさんの意見を聞いて考えてみたのですが、
喜びを見つけるためにはまず自分が苦しむ必要があるのでしょうか?
苦しみから解放されたあとの喜びが一番人にとって幸せなことなんでしょうね。
喜びって人によって色々と違ってきますが何だか私にはそれがないような気がしてしまって…
というより、逆に六年の頃みたいに授業妨害で腹痛や頭痛を起こしたころに比べれば今は毎日が平和で
はじめは「やっとあのクラスから開放された」と喜んでいたのですがあまりにも何の苦も無く生きていけるから
「自分って生きている意味があるのかな?」という考えが生まれたのかもしれません…。
友達は学校の授業が嫌な代わりに自分の楽しみとか趣味を持っているんです。
私にも、以前そういうものがあったのですが今はすっかり諦めてしまって…
続ける気にもなりません。
そうゆう無気力さがいけないのですがだからといって頑張ろうとすると体がついていけなくて
すぐに疲れてしまいます。
最近の自分は何やってもダメです。
どうしたらいいのでしょか…。
Re: 生きるということ ( No.3 )
日時: 2007/12/02 10:34
名前: PANKU

お返事ありがとうございます

そうですねぇ・・・たしかに苦しみを乗り越えた後の喜びは、何もしていない時の喜びよりも大きく思えますよね。
おなかが減っていない時に食べるご飯と、おなかが減っている時に食べるご飯ではずいぶんと感じ方が変わってきますよね。
そういう意味では、苦しみも喜びを本当の喜びとして感じさせる1つの試練みたいなものなのでしょうね。
なるほど、その苦しみがララさんには無い気がするんですね。
ある意味、「平和ボケ」のような状態でしょうか?
よほどひどい学級崩壊だったのでしょうね・・・。

そうですねぇ・・・。
私は現在不登校なのですが、ララさんと同じように自分の生きる意味を探していた時期もありました。
今もたまに考えますが、「なんだろうなぁ」と考える程度で、深くは考えてはいません。
どうして私が自分の存在理由を深く考えなくなったのか、思い出してみると、たぶん高校へ行こうと考えたからです。
私は2年半年、不登校をしています。
そんな私が高校への進学を決めるのはすごく思い切った決断でした。
これが私にとっての試練ではないかと考えています。
この先に何があるのか、自分がどうなっていくのかまったく分かりませんが、必ず変化はあると思っています。

たぶんララさんにもこのような試練が訪れる事があると思うので、そのときがチャンスです!
ピンチがチャンスです!
今の無気力な自分を起こしてあげられるチャンスです!
そのチャンスを逃さないようにしていればきっと何かが変わりますよ

1つ言っておきますが、チャンスはいろいろなところに転がっています。それを拾ってみるのも面白いかもしれませんね

ちなみにですが、私の言ってる事の意味分かりました?
Re: 生きるということ ( No.4 )
日時: 2007/12/05 17:11
名前: ララ

返信遅れました…
PANKUさん、また返事をくださってありがとうございます
何か人って必ず一生のうち、凄く大きな試練というものがありますよね…

私は小学校の頃、酷い学級崩壊があったことは以前にはお話しましたが
実は、ああいう人たちとは一緒に中学に通いたくない!という思いから皆とは一足遅れて
中学受験をしました。それで受かった学校が今通っている中学です。
1年受験というのは普通の人に比べて時間が少なく、受けれる学校が限られてしまうのですが
それでも希望通りの中学に入れました。それは当時の私にとっての凄く大きな試練でした。

「試練」というものはそれを乗り越えるだけではなく、それを乗り越えた先のことが重要なんでしょうかね…
なんだか、今の私はそれを忘れていたような気がします。
大きな試練を越えた先にはまた新しいハードルがあるわけで、またそれを乗り越えなければならない。
「生きる」ということはずっと試練というものを受け続けて、そして乗り越えて、ときにはぶつかり、失敗しながら
自分の本当の生きる意味を探していくものなのでしょうか?

今の自分はそれが見つかっていないし、今、探そうとしてもあてもない。
だけど、何かそういった大きな壁を越えていくうちに見えてくるものがあるかもしれません。

とりあえず今、自分には何かを探す力もないのでチャンスやよい機会を待っていることにします。
それがどういう形で来るかわかりませんが。

貴重なご意見ありがとうございました!
Re: 生きるということ ( No.5 )
日時: 2007/12/05 22:05
名前: PANKU

お返事ありがとうございます

よほどひどい学級崩壊だったのでしょうね・・・。
でも、ララさんは自分の人生を自分で歩んでいるように思います。もしかしたら大物になるかも・・・
今は試練を乗り越えた後の休憩時間のような感じなのかもしれませんね、分かんないけど

いえいえ
次の試練も上手く乗り越えられるといいですね
Re: 生きるということ ( No.6 )
日時: 2007/12/08 16:14
名前: ブルーライト

まず、人間がこの世に誕生する意味というのは、不完全な魂を磨き、精度を上げる為の修行だと言われています。

いきなり宗教的な話で、引かれるかも知れませんが、ある程度人生を生きていると、本当にその通りだという事が実感出来ます。

若い時というのは人生の道理や、貴女が今抱える生きる意味って何?という理由が分からないから苦しいのです。

どんな人にでも、必ず生きる意味があってこの世に人間として誕生します。使命があるんですね。
使命の無い人は誰一人おらず、そこに気付かずして「どうせ私なんか」「どうせ俺なんか生きてる意味ない」と
嘆くのは、お役目不履行になって、ますます不幸に落ちていく仕組みになっているのが人生なんですよ。

やる気が出ない、無気力・・・というのは、要因は様々ですが、極論を言うと、それだけ安定した日常生活を
送れている事の証拠なのです。

紛争地帯、発展途上国などに住んでいる方というのは、今日食べるご飯をどうやって手に入れるか・・・
というギリギリの所で暮らしている方もいます。

物質が豊かになると、それと引き換えに心が貧しくなっていくもので、得るものと失うものというのは
必ずセットになっているものなんですね。

話は変わりますが、人間は誰もが欠点を克服する為、解決する為に、どうか人間として誕生させて下さいと
自らの意思で生まれて来るのだそうです。

その欠点を克服する為に、自分はこういう苦難にあって心の勉強しますと誓いを立てる訳です。
安楽の中に人格の向上は有りませんから、必ず試練が訪れるようになっているのが人生です。

Re: 生きるということ ( No.7 )
日時: 2008/01/10 18:29
名前: 今を肯定する

先ず、ブルーライト様の知性と洞察力の豊かさに敬服致します。
わたしの推測はこうです。
現実世界に引き当てた言葉を当てはめるしかないので、私自身違和感はあるのですが。
肉体を持たない精神の世界で、なにかあこがれる事など願い事が生じた場合、それを得る手段として肉体を持って生まれ、生きて経験をつみ、成果を持って戻る。ここんとこが一番肝心なところですが、軽く流します。
@先ず企画書を提出します。
こうこうこういう親の元に生まれ、生まれた時に母親を失い、とか。当然相手のある事なので緻密な組み合わせを必要とします。
生半可な企画書では合格しません。なぜなら精神世界のかれらは願望と向上心でいっぱいですから、希望者殺到なのです。
合格を得る為につい見栄を張り無理をしてしまうのですが後の祭り。
晴れて合格して生まれる時に、まず重要なポイントが待ち受けています。どの車でドライブするか。そう、肉体を得るのです。ドライブルートは自分で企画しました。当然記憶からは抹消されます。分かりきった道を只通過するだけではあきてしまいますし、企画書には見栄を張ってしまったのです。
車はアテガイブチです。遊園地のエレクトリックカーみたいなものです。乗ってみて初めて気がつく事の連続です。
申し訳有りませんが、文字数がオーバーだそうで、ブルーライト様のような文才を持ち合わせていないのが残念です。(これもテーマかな?)
これまでの所で、なんでそうなのという質問や批判を頂けると有り難いです。

Page: 1 |